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フィンランドの多様な子育て保障の成り立ちについて [福祉国家へ]

ちょっと前の記事で「フィンランドの子育てと保育」という本を取り上げました。そのなかに、フィンランドの子ども関連の社会保障についてかなり詳しく書いてありました。よく読んでみると、社会保障政策と政権の関係について、興味深いことに気づきましたので取り上げてみます。

今回の本論は、1歳以降の多元的な社会保障についてですが、その前に、妊娠中から1歳ころまでの保障についても簡単に挙げておきます。次のようなものがあります
・母親手当(妊娠中)
・母親休業手当
・父親休業手当
・両親休業手当
・父親月間(父親専用の休業)
・児童手当
ネウボラ(相談所)サービス:これは妊娠中から子どもの就学後まで一貫してデータを保存し、子どもの心と身体の健康を丁寧にフォローするもので、「こういうシステムがあれば育児不安がずいぶん少なくなるだろうなあ」と本当にうらやましいです。

日本でもある程度取り入れているものも多いのですが、フィンランドではいずれも日本よりずっと手厚くて、さすが福祉大国と感心しました。また、折に触れて詳しく紹介したいと思います。

さて1歳以降の社会保障について、図を載せようと思ったのですが、サイズの調整がうまくできず、取りあえず文章にします。

簡単に書くとフィンランドで1歳以降の育児方法としては、3つの大きな選択肢として、自治体保育サービス、民間保育サービス、保護者自身での育児があり、それぞれ十分に保障されています。なかでも日本にないユニークなものは、保護者自身が育児する場合、3歳まで在宅育児手当が出ることでしょう。基本手当は月額294.28ユーロだそうで、いまのレートでは日本円で4万8000円くらいでしょうか。これに児童手当も並行して受け取れます。児童手当は、第一子で約1万6400円、第二子約1万8100円、第三子約2万1500円・・・と子どもが増えるにしたがって2000〜3000円ずつ上がっていきます。

ところで、フィンランドの福祉国家としてのスタートは決して早くはないそうで「フィンランドでは、福祉国家そのものが他の北欧よりも出遅れ1960年代から発展し、とくに自治体保育サービスは遅いスタートを切りながら70年代から80年代にかけて急ピッチで整備された。さらに1980年代半ばからは在宅育児手当、90年代後半には民間保育手当が導入され、子育て支援制度は多元化を遂げている」ということです。

そして、私がとても興味深いと思ったのは、これほど急ピッチで複線的な社会保障が整備されていった背景には、政権政党ごとに競うようなかたちでその支持層に厚い政策を打ち出していったことが挙げられることです。

具体的には次のようになります。政党名の後ろのカッコ内は、主な支持層を示します。
・社会民主党(賃金労働者)→保育所サービスを推進
・フィンランド中央(自営業者など、被用者でない雇用形態の人々)→在宅育児手当の制度化
・グリーン連盟と社会民主党(左派)→子育て支援の多元化のなかで自治体保育の弱体化を懸念し、自治体保育について「子どもの主体的権利」とすることを打ち出す
・国民連合(都市部に住む企業家・実業家など保守層)→都市部においては民間の保育サービスが充実しており、それに対する保障を充実させた

このように、与党が変わるたびに、それまでの政策に付け加えるかたちで、その支持層が求めるシステムが導入されています。本の著者は次のように書いています。「フィンランドでは、異なる価値観や利害がぶつかり合う議論を経て政治的・社会的コンセンサスが形成されていく。子育て支援制度の多元化が示唆するフィンランドのコンセンサス政治は、強引に一つの価値観のものに全体をまとめあげようとする一元化とは対照的に、多元主義の方向性を特徴としている」。

日本でも多様な価値観を認め合い、それに沿った社会保障をしていこうという動きはあると感じます。しかし、この数年目立つのはむしろ、人々の考え方を一つにまとめあげ、あるべき家庭像、教育のすがたを「官」が示していこうとする強引な方向です(新教育基本法にも象徴されていると思います)。私はそのような方針には反対し、著者が示すような「異なる価値観や利害のぶつかり合いを越えた多元主義」を強く求めます。

そのために政治的には何が必要か?ここまで読んでいただいた方は、私の言いたいことはもうおわかりだと思いますが、何十年も同じ政党が政権の座につくことではなく、小選挙区制のもとでの似たり寄ったりの二大政党制でもありません。ライフスタイルや価値観が異なるさまざまな人たちの受け皿となるいくつかの政党がきちんと存在することです。

ちなみに、フィンランド議会の政党別議員数(2007年3月総選挙後)を載せておきます。
  政党名         合計(人)     男性   %     女性   %
フィンランド中央       51        36    71     15   29
国民連合           50        30    60     20   40
社会民主党          45        20    44     25   56
左派連合           17        14    82      3   18
グリーン連盟         15        5     33     10   67
スウェーデン人民党      10        4     40      6   60
キリスト教民主党       7         3     40     4    57
真正フィンランド人党     5         4     80     1    20

合計             200       116    58     84   42

女性議員の多さはさることながら、保守派から左派まで、バランス良く議席を得ていることに感心します。現在は、この結果を受けて中道・保守政権だそうですが、左派のグリーン連盟(環境重視派)も政権に入っており、社会民主党もこれだけの勢力を持っている以上、日本のように極右ともいえるとんでもない政権が誕生する危険はなさそうです。

私は一方的に日本は悪くてフィンランドは良いというつもりはありません。しかし、どちらが暮らしやすいか、心の自由が守られるかと考えると、やはりフィンランドに軍配を上げざるを得ません。

フィンランド人の夫を持ち、日本とフィンランドの両国で育児を体験した日本人女性が、この本の冒頭で次のように書いています。彼女は日本とフィンランドでは違いすぎるし、どちらも良い点はあるとした上で、しかし、「フリーランスで細々やって生きている私たち家族が、そして、福祉の恩恵をフィンランドでたっぷりと受けているこの私たち家族が、もしもこれから日本に引っ越し、3人目の子どもを産むことになったとしたら━出産、育児、入学、塾、受験、大学・・・。3人の子どもに費やすお金の問題などが頭をよぎり、早くも夫婦げんかをしている図が浮かんできます。
 そして、そんな想像をしていた頭は反射的に現実に引きもどされ、フィンランドにこのまま住むのであれば、たしかに3人目も無理ではないかなと思ったりもするのです。実際に出産するかしないかは別として、こんなことをよく思うのです」。

 「私は日本生まれ日本育ちの日本人です。日本のことが大好きですし、日本に毎年帰省するのも楽しみでなりません。日本の両親や姉家族と、スープの冷めない距離に住めたなら、どんなにいいだろう、とも思います。しかし、今住むフィンランドに暮らしやすさと安心感を覚え、さらに子育ての環境としての魅力を母国である日本以上に感じてしまうこの現実が、私のフィンランド在住歴7年という結果を生み、このまま住み続けようという決心へ導いているのです」。

出生率は日本の1.32(2006年)に対して、1.8程度だそうです。「少子化を何とかしなければ」「出生率を上げるにはどうすればいいか」などと騒いでいる日本の保守政治家たちは、本末転倒だと思います。「どうすれば国民が幸福に暮らせるか」を常に考えて、そのための政策を実行していれば、出生率などは後からついてくるでしょう。国のためではなく、国民のための政治をしてほしいと強く思います。


2008-01-07 11:56  nice!(5)  コメント(8)  トラックバック(6) 

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tamara

フィンランドと日本のちがいがとてもよくわかります。詳しい記事をありがとうございます。
議会の構成も日本とはまったくちがいますね。フィンランドでは、政治が市民ときちんとつながっているということでしょう。日本社会が政治に無関心な層が多いのは、これまでの政治の質がよくなかったからでしょう。また、まともな人で政治家になろうとする人も少ないようで、これまた悪循環ですね。
日本のことばかり見ていると先が見えてきません。他の国から学ぶことが大切ですね。
by tamara (2008-01-07 17:57) 

志村建世

高福祉を実現したフィンランドの政治状況が、よくわかります。私の方で紹介もしましたが、できたらこの記事を私の6日の「フィンランドの教育立国」へトラックバックしていただけますか。
by 志村建世 (2008-01-07 20:40) 

東西南北

 多元的、多様な価値観の中でも、子供に対する経済上の支援を国家が実現していくという社会合意が政策化してるんですね。

 日本でも子供に対する経済上の支援を「生まれる家庭によって条件が異なる不合理」を修正する見地から行えば大学までの教育費の無償化は当然のことながら、医療費、その他住居、衣服、食料などの生活手当てなどの実現も当然になってきます。それでも、金持ちの家庭に生まれた子供と低所得の家庭に生まれた子供とでは条件が異なりますが、これは大人の世界において労働能力に基づく賃金格差を認める以上、やむをえないことです。未来永劫、労働能力に基づく賃金格差はなくなることはないですので、国家ができる限り子供への経済支援をしていかねばなりません。
by 東西南北 (2008-01-08 06:38) 

mai

>tamaraさん
私も勉強を始めたばかりで、この記事もまだ本の紹介のレベルです。これからもっと調べていきたいと思っています。tamaraさんのブログで拝見したように、私はもう日本の現状には見切りをつけつつあります(気が早いでしょうか)。しかし、世界の国々に対しては良い部分は取り入れ、アフリカや中東、アジアなど支援が必要な国に対してはわずかであっても協力していきたいと思っています。

>志村建世さん
志村さんのブログで取り上げていただいて、どうもありがとうございます。昨日は、初めて県の教育委員会の傍聴に行ったりしていて、時間的に余裕がありませんでした(傍聴時の感想は、よろしかったら一つ前の記事のtamaraさん宛てのコメント欄をごらんください)。この記事と9月に書いたフィンランドの教育の紹介記事をTBさせていただきます。

>東西南北さん
>子供に対する経済上の支援を「生まれる家庭によって条件が異なる不合理」を修正する見地から行えば大学までの教育費の無償化は当然のことながら、医療費、その他住居、衣服、食料などの生活手当てなどの実現も当然になってきます。
その通りだと思います。所得格差を認めるならば、子どもに対しては、その影響をできるだけ少なくする方向に動くべきですね。いまの政府にはそういう発想が乏しすぎます。
by mai (2008-01-08 11:22) 

hm

 いやーこの記事ためになりました。
 フィンランドの姿は一つの理想だと思っていましたが、それが実現していったわけがよくわかります。
 そのエッセンスをこの国でも活かすことが、私たちの未来を拓くキーですね!
by hm (2008-01-08 16:54) 

mai

尊敬するhmさんに誉めていただけるとは光栄です(照れてしまいますが)。日本の現状だけを見ていると煮詰まってしまうので、趣味と実益?を兼ねて、外国の事情を書いた本を読んでいますが、まだまだ駆け出しです。日本は地理的・言語的条件から諸外国の生の情報が入りにくいところがもどかしいのですが、幸い人的交流はけっこうあるので、滞在・留学・移住・視察などをされた日本人の本を読むことが、私の楽しみかつ癒しになっています。各国の良いところは積極的に取り入れたいですね。
by mai (2008-01-08 22:59) 

 学力低下を大げさに嘆いてみせる人たちは多いのですが、そういう方々はなぜかフィンランド事情をスルーして、日本より学力ランクの低い国のやり方をマネたがるんですよ。
 学力低くねえかい、あの人たち。
by (2008-02-06 19:58) 

mai

shiraさん
コメント&niceありがとうございます。イギリスで失敗した政策の後追いは、保護者として許せないものがあります。学力低下とおおさわぎになっていますが、(tamaraさんへのコメントでも拝見しましたが)このやり方で、あの成績だったら、日本はけっこう健闘していると思います。

市教委の事務方の人は「日本とフィンランドでは(諸事情が)違いすぎる」と言っていました。なにがどう違って、良いところを取り入れるのに障害になっているのか、不思議に思いました。確かに政治家の質はかなり違うように思いますが・・。
by mai (2008-02-07 16:27) 

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