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お久しぶりです! [お知らせ]

前回更新の日付を見て、ちょっとびっくりしました。
1年半も経ってしまったのですね。でも私の生活はかなり変わってしまったので、実はもっと経ったような気もしています。

長い冬眠からやっと覚めました。
このブログで知り合いになった大切な方々へ。
唐突な休止と再開でごめんなさい。

コメント欄を閉じて、心のなかでブログを封印したつもりが、うまく設定できてなかったようで、ヘンなコメントがたくさん届いていました。必死で消している間に、最後の記事へのhmさん、shiraさん、kimeraさん、女衒の辰さんなどの暖かいコメントも間違って消してしまいました。本当に失礼しました。

もしまだ、「読んでいるブログ」に入れてくださっているありがたい方がいて、更新したことに気づかれたら↓のブログにおいで下さい。
これからは、↓の方で細々とやっていきたいと思っています。

今後ともよろしくお願いします☆

<引っ越し先>
http://japanese-filipino.blog.so-net.ne.jp/
記事では、うまくリンクが出ないようです。お手数ですが貼り付けていただけると嬉しいです(タグなどする時間がなくて・・・)

このブログはいまのところ、ずっと休止予定です。


2012-05-26 18:50  コメント(0) 

しばらくお休みします☆ [お願い]

ブログのことはいつも心のどこかにあり、書きたいことも多いのですが、
個人的事情で更新時間が取れなくなりました。しばらくお休みします。
当分は新しい方向に向かって集中して取り組みたいと思います。

ここで知り合った方々にはいつも支えていただきました。
本当に感謝しています。

ここで大事なご報告です。
きのくにについては入学前後の期待と全く違わず、子どもは元気に楽しく通っています。週末には「あぁ、お山(きのくに)が懐かしい?!」とまで言っています。夫は授業参加、保護者会の打ち合わせなど、きのくに関連のことがあれば私を残して、ドンドン行くくらいのきのくに大好きおじさんになりました。スタッフのみなさん、保護者のみなさん、本当にありがとうございます。

さよならとは言いません。
またいつか帰ってきた時にはよろしくお願いします。

なお、ブログを開ける機会が少ないのでコメントをいただいても対応できないため、コメント欄は当分閉鎖します。


2010-10-06 18:25  コメント(16)  トラックバック(0) 

学校の発表DAYに行ってきました☆ [きのくには楽しい]

暮らしが厳しいと言いつつ、実はかなりのんびりと生活している「まい」です(ホンマはどっちなんやーという感じもあり)。

昨日は子どもの学校の発表DAYということで、選択授業であるチョイスと一部のプロジェクトからの発表会に夫婦で行ってきました。

内容はチョイスからは合奏、ピアノ、合唱、たいこ、ダンス、プロジェクトからは中学校の動植物研究所の研究発表と小学校の劇団きのくにの上演、さらに時間をあけて大物の中学校ミュージカルシアターの上演でした。

どれも素敵で楽しくて、きのくにテイストでとっても良かったです。あの雰囲気と内容は私の筆力では描けません(あっさり降参)。表せないのがもどかしいです。

あえて描写すれば・・・・
・「させられ感」がないとも言うのでしょうか。すべてがとても自然なのです。たいていの子は楽しそうにそして一生懸命表現しているのですが、たまに恥ずかしそうだったり、ちょっと気が乗らない感じの子がいたりします。そういう取り組み方にほんの少し濃淡があるのも全然違和感がないし、全体としてのできばえはどれも私の期待以上でした。

・進行やセッティングもほとんどを子どもたちが行い、大人(スタッフ)はピアノ伴奏したり、たいこのチョイスでは口で拍子を取ったりかげでサポートはしていましたが、大人の挨拶もなければ表立った命令や指導も全くありませんでした。「そう言えば、発表会中には大人の声を一言も聞いていないね。きのくにらしいねえ」と、夫婦で改めて感心しました。

・発表の合間や機材の調整中にはフロアの子どもたちは友だち同士ペチャクチャお喋りをしているのですが、発表が始まると誰も何も言わないのに、自然に真剣に静かに聞き入って、手拍子で励ましたり、すごく「大人で」素敵な態度でした。

・ミュージカルシアターについては、凄すぎてもうここには何も書けません。ヘアースプレーというミュージカルだったのですが、きのくにバージョンの脚本、演出、振り付け、音楽、照明、衣装、ヘアメイクなどの裏方も中学生のメンバーが分担してこなして、45分間のミュージカルを演じていました!全員が何かの配役で英語の曲を10曲、日本語のせりふ、ダンス・・・すべてをしていました。さらに本やパンフレットまで作っています。あのパワー、すごすぎます。ブラボーを10回くらい言いたい出来でした。

きのくにブログの方に書いてもいいのですが、前記事が実際の生活よりもかなりウエットになってしまって、「あれっ、うちとちょっと違う」という感じになってしまったので、「リアルではこういうふうに楽しく暮らしていますよ」ということで、こちらに書きます。

きのくにに行くたびに感じるのですが、本当に入学して良かったです。それしかありません。



2010-03-20 19:59  コメント(11)  トラックバック(2) 

口座残高が357円!? [これってプチ貧困?]

久々の更新になりました。私の書いているシリーズものはなかなか最後まで行きません。ごめんなさい。教育基本法の会報第1号についてはどうしても全文載せたいのですが、私にとってとてもヘヴィーで悔しいテーマなので、記事を1本書くとすごくエネルギーを放出した感じになります。

それと、予期せぬ事態が起こってしまい、ブログを開ける気力も出ませんでした。はっきりしたのは1月中旬のこと。わが家の収入が当面、3分の1〜半分くらいに落ち込んでしまうことになりました。

学生時代から何度か貧しい生活の経験はありますが、当時は人生で言えば春から初夏でした。「これからちゃんと仕事をして生きていくのだから」「どんな運命が待っているかな?」という希望で、その時の貧しさはほとんど気になりませんでした。さらに、これは親に感謝しているのですが、お金に対して必要以上の執着は持たない育てられ方をしてきたせいもあります。かなり楽天的でした(まあ、いまもですが)。

ところが今、年齢的に職業の大転換がしにくくなり、未来への選択肢が少なくなったのと反比例するように背負うものは多くなったところで、突然の収入大幅ダウンです。さすがの私も最初の1週間くらいは呆然としていました。

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2010-03-18 21:51  コメント(12)  トラックバック(0) 

教育基本法について、そもそも(3) [教育基本法]

さて、教育基本法を読むこの企画(というか私の作った小冊子の紹介ですが)、毎回少ししか書けませんので遅々として進みません。いつまでかかるのやら・・・という感じですが、気長に続けていきます。気が向いたらお付き合いください。

では今回は、いよいよ前文が終わって第一条(政府案では第一章となっています)から始めます。マスコミもさすがに取り上げた愛国心についての下りも第二条に出てきます。第二条はもともとは国(権力)が守るべきことがらだったのが、いつの間にか国民が身につけるべき徳目の羅列となって、基本法としての法の性格が逆転してます。「国民が国を規定する」→「国が国民に要求する」という逆転は、近代法とは言い難い前時代的なものだと思っています。

〜〜〜
47年法

第一条(教育の目的)
教育は、人格の完成をめざし、平和的な国家及び社会の形成者として、真理と正義を愛し、個人の価値をたつとび、勤労と責任を重んじ、自主的精神に充ちた心身ともに健康な国民の育成を期して行わなければならない。

第二条(教育の方針
教育の目的は、あらゆる機会に、あらゆる場所において実現されなければならない。この目的を達成するためには、学問の自由を尊重し、実際生活に即し、自発的精神を養い、自他の敬愛と協力によって、文化の創造と発展に貢献するように努めなければならない。

〜〜〜
現教育基本法

第一章 教育の目的及び理念
第一条(教育の目的)<「真理と正義」「個人の価値」「自主的精神などを削除。「必要な資質」追加>
教育は、人格の完成を目指し、平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。

第二条(教育の目標)<方針→目標に変更。「国を愛する」態度などの細かな項目新設>
教育は、その目的を実現するため、学問の自由を尊重しつつ、次に掲げる目標を達成するよう行われるものとする。
1 幅広い知識と教養を身に付け、真理を求める態度を養い、豊かな情操と道徳心を培うとともに、健やかな身体を養うこと。
2 個人の価値を尊重して、その能力を伸ばし、創造性を培い、自主及び自律の精神を養うとともに、職業及び生活との関連を重視し、勤労を重んじる態度を養うこと。
3 正義と責任、男女の平等、自他の敬愛と協力を重んずるとともに、公共の精神に基づき、主体的に社会の形成に参画し、その発展に寄与する態度を養うこと。
4 生命を尊び、自然を大切にし、環境の保全に寄与する態度を養うこと。
5 伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと。

〜〜〜
こうして書いていても、第一条と第二条は頭がおかしくなりそうです。上にも書きましたが、47年法が教育とはこうあるべきという大枠を示していて、誰が守るか明示しておらず、突き詰めれば国が国民に約束したという性質が強いのに対して、現法は国が国民は「こうあるべきだ」「こうしなさい」と、「あるべき姿」を国民に「押しつけ」ているようです。

これでもかというように羅列されたマジックワードについては後にもいくつか触れていますが、ここでは一点だけ述べておきます。「心」を規定するのではなく「態度」だからましかというとそんなことは全然なくて、君が代不起立の裁判などで、「内心は自由であるが、態度は違反している」「規律に従った態度を求めることは内心を拘束するものではない」などというように、強制を正当化する「へりくつ」として利用されています。

つまり、「心では違うと思っていても、求められる態度を示しなさい」という面従腹背を裁判所自らが勧めているかたちとなっています。そんな人間を量産して、個人も社会も幸せになれるわけがないと思います。周りを見回してはずれないように、非難されないようにと、自分を押し込んで外に合わせる人間ができるだけではないでしょうか。私は自分はそういう生き方をしたくありませんし、子どもをそういう環境におくことは絶対にできません。

蛇足ですが、今回降って湧いたオリンピックでの服装問題の根っこにも、こういう集団規律重視の考え方があるように感じます。教育基本法が先か、こういう法律を生み出してしまった時代の空気が先か、それはわかりませんが、とにかく右へならえ、お上に言われた通り・・・という悪しき集団主義が蔓延することを懸念します。

抑圧されて育った人間は、自分より弱い人間を抑圧する側に回ってしまうことが多いと思います。乱暴な言い方をすれば(各項目をみれば悪いことばかりではないと思いますが)、いますぐにでも現法の第二条はすべて廃止して47年法に戻してほしいものです。

さらに第一条の「必要な資質」も個人のための教育が充実して社会へ還元するという考え方から、(いまの)社会に役立つ人間をとにかく作るという意図のようで、賛成できません。

書いているとさらにヒートアップしてきますので、このあたりにします(前にも書いたように、冊子後半の感想でこのあたりはもう一度触れます)。

<追記>本当の知性とは、既存の常識や規範をすべていったん白紙にして、自分自身の頭や身体、経験に基づき、さらに周囲の人や先人たちの知恵を加えながら、各人が構築していくものだと思います。決して現法第二条のように、何か決まったお手本のような規範があって、それを身につけるという性質ではないはずです。「本当の知性とは・・・」の文は私自身が10代から生きる方針として目指していることです(まだ道半ばですが)。それを放擲して言われるがままに既成や権威者の決めた規範や道徳に従うことは、私にとって自分の人生を放棄しろと命令されているに等しいです。



教育基本法について、そもそも(2) [教育基本法]

さて、連載というにはとても間が開いてしまい、気が抜けた飲み物のようになった感もありますが、この記事はやはり書いておかないと前へ進めません。時間がある時に少しずつでも続けていきます。

今回は、2006年に私が配布した冊子の資料部分に入ります。ここは要するに47年教育基本法と政府案(現法)とを上下に並べてそのまま比較しただけものですが、私が気になった言葉を太字にして(ブログでは赤字にします)、主な変更点を<>内に書きました(これも色文字にします)。

上下を読み比べると今でも、47年法の格式の高さに感心するとともに、政府案の教育に関する個の軽視・管理のための教育へという意図が見えてきて、唖然としてしまいます。

新旧教育基本法

まず前文を比較します。ところで、憲法以外で前文のある法律というのは教育基本法だけだと聞いたことがあります(間違っていたらご指摘ください)。その形式からも準憲法と呼ばれる所以でしょうか。

教育基本法
(昭和二十二年三月三十一日法律第二十五号)

 われらは、さきに、日本国憲法を確定し、民主的で文化的な国家を建設して、世界の平和と人類の福祉に貢献しようとする決意を示した。この理想の実現は、根本において教育の力にまつべきものである。
 われらは、個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成を期するとともに、普遍的にしてしかも個性ゆたかな文化の創造をめざす教育を普及徹底しなければならない。
 ここに、日本国憲法の精神に則り、教育の目的を明示して、新しい日本の教育の基本を確率するため、この法律を制定する。

〜〜〜

教育基本法(政府案)
教育基本法(昭和二十二年法律第二十五号)の全部を改正する

 我々日本国民は、たゆまぬ努力によって築いてきた民主的で文化的な国家を更に発展させるとともに、世界の平和と人類の福祉の向上に貢献することを願うものである。
 我々は、この理想を実現するため、個人の尊厳を重んじ、真理と正義を希求し、公共の精神を尊び、豊かな人間性と創造性を備えた人間の育成を期するとともに、伝統を継承し、新しい文化の創造を目指す教育を推進する。
 ここに、我々は、日本国憲法の精神にのっとり、我が国の未来を切り開く教育の基本を確立し、その進行を図るため、この法律を制定する。

〜〜〜

全文掲載後に意見をまとめてありますので、詳しくはその項の記事でふれるとして、47年法についてはとてもスラスラと頭に入ってきました。一方、政府案は冒頭の自画自賛からもうイヤな気配を感じてしまいます(たゆまぬ努力によって・・・)。文中にはマジックワード(shiraさんの言葉を拝借します)が多くて、うさんくさいです。「真理と平和」がさりげなく「真理と正義」に変えられています。自民党の好きな「伝統」も出てきています。「公共の精神」もあります。こうした、立場や考え方によって解釈や方向性の違ってくる言葉を出して、それを時の政治の都合の良いように定義づけて教育現場で実践させようということではないでしょうか。

諸事情で一度にたくさん書けませんので、小分けします。次回は第一条から書きます。



最近、元気をもらっている画像です [ひとりごと]

教育基本法について書いている(連載まだ1回)途中なのですが、今週はとても忙しくて、日々の予定をこなすだけで精一杯です。ブログの更新はできそうにありませんが、この1カ月、見るだけで楽しくなり元気をくれている画像をアップしておきます。








私はフィギュアスケートを毎シーズンフォローしているわけではなく、オリンピックの年に決まってにわかファンになるにすぎないのですが、今回の鈴木明子さんの演技には惚れました。

いつも書いているように、わが家は子ども番組以外、ほとんどテレビを観ないのですが、夫は実はザッピング(チャンネルをパカパカ変えていろいろな番組をチェックすること)が大好き。彼女にも最近、夫のその癖のおかげで巡り会えました。

最初はグランプリ・ファイナルだったでしょうか。全然名前を知らない選手をふと見て、「うわあ〜、きれいなスケートをする人だなあ〜」と思ったのが鈴木明子さんでした。

そして年末の全日本選手権。フリーのウエストサイドストーリーで感動しました。フィギュアスケートにこんなに心惹かれたのは久しぶりでしょう(古いところでジャネット・リンさん??)。

どこがいいのでしょう?
・まず演技中の動作と表情・・・生き生きとして躍動感あふれ、スケートを心から楽しんでいる感じが表現されています。
・序盤で転倒してしまうのですが、素人目にもその後の方が動きが滑らかになっているようです。これってすごい精神力かプログラムに入り込んでいるかでしょう。
・曲と演技がとても似合っています。

演技を見終わって思わず私まで息をのみました。そしたら何とオリンピックの代表に・・・。素人としては転倒したらもうダメかなと思っていたのですが、ジャンプミスではないので減点1ですんだとのこと。

それから興味を持って鈴木明子さんについて調べてみました。
・24歳の遅咲きの選手だということ
・20歳のころに摂食障害にかかり克服したこと
・復帰後、大きな試合から遠ざかっていて、小・中規模の試合に出場を重ねてコツコツと上がってきたこと

そういうことを知りました。そういう背景を知るとまた感慨があるのですが、演技だけを観ても純粋に素晴らしいと思います。浅田真央さんのように高難度の技(トリプルアクセルやコンビネーション)を決めるわけではなく、ジャンプよりもステップの素晴らしさが目立つタイプのようですが、フィギュアの原点を見せてもらった気がします。

この1カ月間忙しい日々が続くなか、毎日この画像を見て元気をわけてもらっています。
オリンピックでは気負わず焦らず、プログラムに集中して、自分で納得のいく演技をしてくれるように祈っています。

ブログ書いている時間も本当はないのですが(締め切り・・・あぁ)、どうしてもアップしておきたくて簡単に書いてみました。

P.S.夫は中野友加里さんのスケーティングが好きで、代表になれなくてとても残念がっていました。中野さんも素敵ですが、鈴木さんの勢いが上回っていたかな。



教育基本法について、そもそも(1) [教育基本法]

教育基本法をタイトルにつけ、こだわり続けているこのブログですが、教育基本法そのものについての記事は実はあまり多くありません。これはブログ開設の時期との関連があります。2006年夏、47年教育基本法と当時の政府案(現教育基本法)を読み比べて、政府案のあまりのひどさにびっくり仰天した私はにわかに戦闘モードになり、自分でもできることを模索しました。

その結果、「たった一人かい(会)」(←志村さんの「一人でもデモ」にあやかっていま命名しました)を結成して、通信を発行することを思いつきました。第1号は14ページの小冊子で、そもそもどんな法律なのか、政府案のどこに問題があるのか、どうして変えてはいけないと考えるか、素人なりに詳しくまとめました。当時動かせる限りのお金をかけて作成し、地域に2万部あまりポスティングしました。このころにはまだ、国会とは理性的な議論ができる場であり、二度の大戦の歴史も経てきた日本人は最後には知的な判断をするものだという素朴な信頼感がありました。

続いて第2号として名古屋大学教育学部の植田健男さんのインタビューをA3両面で作成し、これも2万部くらい今度は新聞の折り込みで配布しました。植田さんは現在は名大附属中高の校長先生をされていて、「こういう校長先生がいるならば子どもを通わせてもいいかな」と思うくらい素敵な方です。

このころの改正(改悪)反対運動の盛り上がりは全国的にたいへんなものでした。何日も続く国会での座り込み、ハンスト、公聴会や採決など節目の日には何千人もが国会を取り囲みました。しかし、マスコミはこうした動きをほぼ完全に無視して決して報道しませんでした。私は連日連夜、改正反対サイトの「あんころ」「教育基本法改正情報センター」のサイト、マスコミ報道を読み比べる日々でした。委員や議員、政党へもずいぶん電話、メール、ファックスで要請を続けました。こうしたなかで、マスコミ(テレビ、新聞)への不信が芽生え、次第に疑念から確信へと変わりました。そして、支持はしないものの一定の評価はしていた自民党に対しては全く不支持となりました。国会という場への信頼も非常に損なわれました。それはいまも基本的には同じです。

2006年12月15日、強行採決によって参議院でも政府案が可決され、新教育基本法が成立しました。その日は3年経ったいまでも忘れもしないのですが、先月のその日はPCの故障で修理に出していてブログにはアップできませんでした(日常もあわただしかったのですが)。

その後も個人的に反対の意志を生涯示し続けることを決意し、会の通信第3号を発行しました。A3両面で1万5000部くらいで新聞折り込みです。この時には一緒に活動してくれた仲間や現場の先生がとても良い文章を書いてくれたので、私は紹介文を書くにとどまりました。

そういうわけで、私の考え方のエッセンスは第1号の小冊子にまとめてあります。あとはその考えを前提として記事を書いてきました。ところが慣れない自費出版??に忙殺されてブログの開設まで手が回らず、通信第2号発行時にようやくブログを始めることができましたので、第1号は紹介できていません(ページ数が多いということもあります)。

そのため、このブログを途中から読まれた方や、長く読んでくださっても教育基本法に集中していなかった方にとっては、いまだに「教育基本法の何が悪いと管理人が考えているのか、いまひとつわからない」状態が続いているのではないかと思います。

改悪3周年、政権交代(私の観察では、いまの民主党は教育関係の幹部が替わりでもしない限り、教育基本法を変えることはしないとみていますが)という区切りを迎えて、ブログに紹介していなかった第1号小冊子の内容を書いてみようとしようと思います。いまだったらもう少し勉強が進んでいて違う表現をするだろう部分もありますが、基本的な考え方は全く変わっていません。

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「本当は何をしたいの?虫」が出てきたようです [自分の勉強を楽しむ]

ブログ更新が止まっています。
どうやら青い鳥探しに入ってしまったようです。

私のなかには「本当は何をしたいの?虫」がいます。
10代のころから住み着いていて、折にふれて出てきます。

そのため、ちょっと変わった人生コースを歩んできました。
「これだけやったのだから、もう悔いはないね☆」とも思っていました。

この10年あまりは、不妊治療、妊娠・出産、子育てで過ぎました。
たいへんなようで早い早い年月が過ぎ、子どもは入学。
彼女が楽しく学んでいる姿を見たためもあるのでしょうか?
私は10代に逆戻り。

私は本当は何をしたい?

きのくにの中学校には普通の学校のような進路指導も偏差値振り分けもなく、
「頭の皮がつっぱるくらい」考えに考えて進路を選ぶそうです(堀さんの著書より)。

私にそれが何十年も遅れてやってきたようです。

以前していた現場での仕事も、私なりに精一杯やりました。
石の上にも3年よりもずーっと長く続けてみました。
でもやっぱりつらすぎた。からだも心も壊れる寸前でした。
何度か違う現場で挑戦して毎回おんなじなので、納得して半ばリタイアしました。

最近、何度も夢に見ます。当時行きたかった大学の文学部に入学している夢を。
実は大学1年と2年の間に、本心の志望校文学部の受験をしました。幸い合格しました。
でも年長の人たちのアドバイスに逆らえず、入学辞退しました。

「どうしてもこれをしたい!」という確固としたものがなかったからでしょうね。
まわりを説得できる迫力に欠けていたはずです。

文学部でやっていることは、努力次第で独学できるのでしょうか。
たぶんそうでしょう。
文筆業についたりしている人で、授業にはほとんど出ずにひたすら好きな分野に熱中していたという話もよく聞きます。

でも私には、そこまでの個性はないようです。
周りの人や教官、そして雰囲気を支えにしながら、よく顔を出す怠け心と折り合いをつけてやっていく。
ある意味、人頼み。情けないけど・・・。

きのくにはいわゆる受験向きの勉強はしません。
だから、子どもが高校なり大学なりを受験したいと言ったら、その時一緒に勉強しようと思っていました。

きのくにに入学して何ヶ月かたち、それはちょっと違うという気がしだしました。
きのくにの中学校を卒業する時には、
受験したい子は受験勉強に集中する力が、好きな分野に進みたい子はそちらに全力を出しきる力が
すでに養われているように感じます。
母がお伴の受験勉強なんて、たぶんいらない。

私の年齢や身体的条件からいえば、思い切った選択のチャンスはこれが最後かもしれません。
いくつか選択肢を考えています。大学はそのなかでいまのところ1位か2位というところです。
どの段階かで外国へという途方もない夢も見ています。

ネットに出ていた入試問題を見てみたら、いまなら何とかなるかも・・・。
英語に本腰を入れて、国語はまあ良し、数学はやり直し、理科は生物選択かな、なんて考えている私がいます。

でも今の私には収入が必要です。
「仕事に集中させてくれたら、自分だけの稼ぎでいけるかも」と夫は言ってくれますが、
私がきのくに行きの言い出しっぺなのだから、学費は半々で・・・という約束は守りたい。
財布が別々のわが家では、私にも老後の準備が大切です。

でも・・・子どもの受験期まで待っていたら、記憶力や瞬発力が低下して受験どころではないかも。あわよくば入学できたとしても、若者と一緒に勉強する力はないかも。

いまさらわが子みたいな学生に混ざってどうするの?という気もします。
文学部に対して夢を描きすぎかな。きっと。

教育基本法の活動をしていて賢くなったことが一つあります。
それは大学の先生といっても、いろいろだということ。
私の考え方とは真反対の意見を持つ人もいます。
10代のころと違うとすれば、大学名やイメージで選ばず、その研究室で何をしているか、自分は何ができるかをしっかりと見極めるつもり。

もっと視野を広げてもう一度、「本当は何をしたいの?」と問うたら、
全然違う答えが出てくるかもしれません。
それとも実際に歩き出してから、少しずつ見えてくるのかな。
それとも、こうやって一生惑うのが私の人生かな。

とりあえず、現実的なところで週2回の水泳のペースは守ろう。
もっと泳げるようになりたい。身体を強くしたい。できれば喘息が出ないようになりたい。

きのくにの元保護者さんは書いています。「きのくには恐ろしい学校だ。親に自分の哲学が本物かどうかをつねにためしてくる。子どもの幸せとは何か。生きることとは何か、などの難問をいつも突きつけてくる」(「自由学校の子どもたち」197ページ 有田清五さん)。
「これって子育てがらみのことかな?」と思っていたのですが、私の場合、最初の効果が眠っていた自分の虫を起こしてしまったことかもしれません。

それともきのくにがなくても、そろそろ虫が目覚める時期だったのかな。
もう○歳若かったら・・・とあきらめず、でも若ぶらず心身に負荷をかけすぎず。
バランスの難しい年頃かもしれません。

人生の終わりに「あぁ、これで良かった」と思えるといいな。
やっぱり私の心のなかにトゲのように刺さっている、「本当にやりたいこと」。
そんなこと考えずに、「好きなことをしているので毎日楽しいです」と言えるようになってみたいけれど。




大ショック!学研の「科学」が休刊に! [子どもの世界]

前記事の考察など書き残しているテーマは多いのですが(難しいので・・・)、取りあえずショックなニュースを書いておきます。

決して世にいう教育パパではなく、きのくにに満足している夫ですが、子どもが4歳くらいの時から教育面で主張してきたことが一つだけあります。「小学生になったら学研の科学をとるよ!」。

夫は「文学好きの理系人間」という部類の人じゃないかと思うのですが、理科の楽しさに目覚めたきっかけが学研の科学だったそうです。夫はいまでも当時の付録の数々を覚えています。「科学的な考え方ができると楽しい。化学式は美しい(!?)」と時々言っている夫のルーツがここにあったようです。

そう〜、私たちの時代には学校を通して「科学」や「学習」を購入していました。夫ほどはまってはいませんでしたが、私も読んでいましたよ。懐かしい〜。科学の購読には私も即賛成しました。

そう思って気をつけてみたのですが広告や口コミではほとんど見聞きしませんでした。想像ですが私たちのころ以降、「特定の会社の本を学校が仲介して売るのはいかん」ということで、そういう販路はなくなったのではないでしょうか。

でも子どもが入学する前に調べてみると、直販の定期購読のかたちで売っていましたので早速申し込みました。数年前には「大人の科学」も話題になっていたので、それなりに何とか売れているのだとばっかり思っていました。

科学は予想以上に子どものツボにはまったようで、毎号楽しみにするようになっていました。
1年の科学
4月号の映写機から始まって、ミニトマトをたくさん収穫し、手型をとったり簡易顕微鏡を使ったり・・・。最近ではゴム電池カーを走らせ、お風呂で泡遊びを楽しんでいました。

子どものころの「科学」を忘れてしまっていた私も、「この本は良くできているなあ〜」と感心しながら、一緒に夢中になっていました。トマトの支えは汗をかきながら一人で立てたぞぉ〜。

ほんの一週間くらい前にはこんな会話もありました。子ども:「2年生になるの楽しみだなあ」。「どうして〜?」「トンキー(12月号の付録)みたいなのがいっぱいくるから」。へえ〜、そんなに気に入っているんだと私はニッコリ。

そういうわけでわが家の「科学」ライフは順調に過ぎていたのです。そ、それが、今日帰宅すると夫が「科学が休刊になるって!!」。ガ、ガーン!!


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