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伊藤和也さんのご冥福をお祈りします [ペシャワール会]

外勤と翻訳というダブルワーカーの生活は、私にとって予想以上にハードです。それにいくつかの夏の行事も重なり、PCとじっくり向かい合えない日々が続いていました。そろそろ通常の生活モードになってきたので、復帰しようと考えていました。「きのくにに入学できそう!(もちろん学校側がOKしてくださったらですが)」という楽しい話題から再開しようと思っていたのですが、こんな悲しい記事を書くことになるとは・・・本当に残念です。

メディアで大きく取り上げられていますので、みなさんの方が多く情報をお持ちかもしれませんが(なにぶん、私はネット以外、新聞・テレビは基本的に観ないので)、ペシャワール会で現地の農業計画を担当していた伊藤和也さんが、拉致・殺害されました。私は昨年入会のペシャワール会新人会員なのですが、この事件はたいへんショックで、昨日は勤務先にペシャワール会報を持っていって、仕事の休憩時間に伊藤さんの署名入りの文章を読んで無事を祈っていました。

昨年来、中村哲さんが何度も会報、講演、政治家への働きかけのなかで懸念していた「このままでは日本人ワーカーの安全が確保できない」という悲鳴にも似た訴えが、最悪のかたちで現実のものとなりました。旱魃、飢饉、外国軍による誤爆、何百万人もの難民、感染症の流行、子どもや弱者の死・・・アフガニスタンの人々のこころはもはや限界にきているのではないでしょうか。

詳しい情報やその分析についてはいくつものブログやニュースでされていますので、ここでは追悼の意を込めて、今年4月1日付けのペシャワール会報に載った伊藤和也さんのお名前のある記事を転載します。農業担当のワーカーの方4人の連名ですが、伊藤さんはその筆頭に載っていて、(学術論文などでは筆頭の方が実際に執筆されているケースがほとんどなので)伊藤さん自身の筆である可能性は高いと思います。

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2007年度・農業計画報告
風土・嗜好の制約に逆らわず
━悪戦苦闘のお茶、いよいよ製茶段階へ


長く厳しかった冬も過ぎ、皆さんも春爛漫の季節をエンジョイされていることと思います。農業計画も平成14年の春3月にスタートしてからちょうど丸6年経ちました。あっという間に過ぎたような感じがしています。農業計画全体の状況については次号に譲り、今回はいくつかの苦労話をお届けします。

芋の上にも三年
最初は現地で人気者になっている「サチュマイモ」成功の裏話です。

一年目は、日本から種芋に付けて持ち込んだ(らしい)黒斑病で苦くて食べられない芋が多く、二年目は、掘った芋のほとんどがコガネムシに囓られ、立ち上がり早々二年続きの大ショックを受けました。

二年目・三年目の冬は種芋貯蔵のトラブルです。種芋は地面に掘った縦穴に保存していますが、「おい、寒いだろう」と手をかけ過ぎたために縦穴内の温度が高くなって腐敗・発芽を起こしました。逆に「蒸せるだろう」と風通しをし過ぎて低温になったためにたくさん腐り芋が出ました。全滅しなかったので助かりましたが、貯蔵の勘所をつかむまでに二年かかったことになります。

これで「成功」と思っていた矢先、三年目の夏、八月の暑い盛りに突然大粒の雹(ひょう)が降り注ぎ、順調に生育していた茎と葉がボロボロになるというハプニングに見舞われました。

四年目に当たる昨年は、数々の失敗を教訓として種芋の保存も苗床への付せ込みも、また栽培技術もおおよそ勘所をつかんで成功し、周辺農家に大々的に苗を普及できるところまできました。「石の上にも三年」ではなく、「芋の上にも三年」といった感じです。今年も多くの農家から苗の配布希望が届いています。

気温の変化に一喜一憂
今年、2月27日の毎日新聞の夕刊に、「アフガン寒波、死者1100人」というショッキングな記事が出ていました。内容は「氷点下30度・テント暮らしで暖取れず」と生々しく現地の実態を伝えています。

もともとアフガニスタンは日本とは段違いに気象変化の激しい国で、毎年のように気象のパターンが変わります。例えば1月の最低気温の平均は、去年4.3℃でしたが今年は1.7℃で時には0℃まで下がる夜もあってエン麦などが被害を受けました。一方、作物は、人間と同じように「生きもの」ですが、困ったことに「暑い」とも「寒い」とも、また「喉が渇いた」とも喋ってくれません。

それで私たちは、毎日畑を見回りながら作物の状態を観察し、時には根を掘り起こして調べ、「暑いか」「寒くないか」「水が欲しいか」などを問いかけるようにして作物のご機嫌を伺い、またその手当に神経を使っています。

農業計画に立ちはだかる牛・鳥そして人?
バルコートの茶園では、小麦・玉蜀黍(とうもろこし)の刈り取り後になると放牧している牛が毎年、柵を壊して進入し、大切なお茶の株を食い荒らします。「人間様より先にお茶をたしなむ(?)とは怪しからん」とボヤきながら、結局畑の周囲を金網で囲うことで決着をみました。

ブディアライの採種用ソルゴーは、毎年夏から秋にかけての採種時期に飢えた鳥の大群が種を食い荒らしにやってきます。空からの襲撃には我々もお手上げで、結局、鳥様が半分、人間様が半分種子を分け合うことで諦めております。

またブディアライで試作しているブドウは、周辺のガキ(子供)どもがまだ熟してもいないうちから盗み食いに侵入し、二年続けて待望の実を全滅させられました。まだ熟してもいない渋くて酸っぱいうちからこれだけの「大人気」なのですから、ちゃんと熟した実を届けることができたらさぞかし周辺の人々に好評であろうと思っております。

苦闘・試行錯誤が続くお茶の栽培
お茶は、土のpHが4.5〜6.5でないと育たない作物です。ところが現地の畑はpH7.5〜8.0で、硫黄華、酸性肥料、硫化アルミニウムを使ってpHを調整していますが、なにしろ灌漑用水のpHが8.0近くありますので思うように下がってくれず、現在もなお悪戦苦闘を続けています。

またお茶は、夏の高温と強い日差しに弱い作物です。このためお茶の畦と畦の間にソルゴーを播いて遮光し、今年は新たに畦間に杏を植えて日陰を作りますので、この方は対策の目途がついたと思っています。

今年の春はようやく本格的な茶摘みができる見込みです。しかし現地の人達が好むお茶は、渋みがなく、色は黄緑色、香りも少なく、味もない、そんなお茶で、日本のようなお茶は現地の味覚になじまず本当に驚きました。それで過去2年、手探りで試作してきた結果、現地の人達が好む製茶のコツが分かってきましたので、今年は是非成功してお茶好きの、現地の人の喉を潤したいと楽しみにしています。

時間がかかるのが悩み
現地の農家は実際とても現実的で、ただの目新しいだけの作物・技術は、結局根付きません。現地の農家から、「おいしい」「収穫が多い」「やり方が簡単だ」といった評価を受けて初めて一歩踏み出すことができるのです。

私たちの農業計画では「お金を使わない」故の苦労というものはありません。むしろ「お金を使わない」からこそ逆に現地に合った方法を見つけることができ、その結果として一戸一戸着実に実践農家を増やしていくっことになるからです。ただ十分な栽培試験が必要なために、また一年一作という農業の性質上、時間がかかるのが悩みのタネです。

以上は苦労話の一例ですが、時間をかけ、苦闘・試行錯誤を続けてきた農業計画の活動の結果が、やっと現地の農家の手に届けられるようになりました。今後とも私たちの活動に対するご理解とご支援をよろしくお願いします。

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たくさんの苦労をしながらも一歩一歩、着実に歩み現地に根付いていること。お茶の味、お金を使わない栽培技術など、一つひとつ見ても、現地の人々の目線に立った血の通った援助がされていることに、いつもながら感動します。苦労は多いなかでも、やりがいと手応えがあり、楽しく活動されていたようにさえ私にはみえます。こんな素晴らしい若者の命が絶たれてしまったことに対して、本当に残念でこころから祈ることしかできません。

伊藤さんを悼むということでこの記事を閉じたいのですが、いままで中村哲さんが日本に帰ってきて危機にある状況を話されたときには限られたメディア(毎日新聞など)しか取り上げなかったと記憶していますが、いまになって多くのメディアがセンセーショナルに書いているようです。しかも、中村さんの実感とは反対の論陣を張ってきた保守系メディアでの扱いが大きいように感じます。ペシャワール会や中村さんの意図とは違う方向の論調になるのではないか、またこの事件を契機に中村さんとは逆向きの意見が増えるのではないか。そんな心配を覚えます。

そこで、ペシャワール会報のなかから、治安やワーカーの安全について、中村さん自身の感触と方針について書かれた部分を少し紹介します。

<2007年10月3日号>
このころからペシャワール会では治安悪化と安全確保について強い危機感を抱いています。
中村さんは基本方針として次のように書いておられます。

・安全対策には万全を期すが、都市部は我々にとって危険になりつつある。日本政府の動き次第では、我々の安全に甚大な影響を及ぼす。欧米軍への協力姿勢が打ち出されれば、独自の現地情報と判断に基づき、日本人ワーカーを段階的にアフガニスタンから退去させる。危機管理の自衛対策を取る。
・「海外からの安全情報」は、しばしば現実と異なるので軽挙妄動しない。指示があるまで粛々と任務を継続し、日本人ワーカーが退去しても基本的な事業に中断なきよう、作業工程、事業規模等を考慮する。地元農民や地元医師の手でも続けられる態勢をとる。一朝事あれば、思い切った方策をとる。

確か、私が会員になる前にも、治安悪化のため全員一時帰国などされていたという話を聞いたことがあります。この直前に中村さんの講演にも行きましたが、不用意な日本の軍事的介入はワーカーの安全を脅かすことになるという趣旨のお話をされていました。

<2007年12月5日>
ペシャワール会報の中村さんの記事より
遅々として進まぬ復興、実のない内外の議論、外国軍の横暴に対して、もはや忍耐は限界を超えました。これは緊急事態であり、吾々の戦であります。いたずらに農民を殺戮する外国軍の「対テロ戦争」と対決し、一人でも多くの命を守る戦いであります。

もちろん日本人ワーカーたちの安全には極力配慮し、ギリギリまで留まって私たちの「命を守る平和の戦い」を完遂し、日本人の心意気を示したいと存じます。日本にあって、平和を祈り、命が脅かされる現地の実情に心痛める多くの良心、その絶大な支援に衷心から感謝申し上げます。

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ペシャワール会は政治色のない団体です。25年にわたってアフガンで多くの時を過ごし、医療、灌漑、農業などに従事してきた中村さんもまた、イデオロギーとは無縁の実践家です。日本人の誰よりも現地を知り、住民のこころに沿ってきた中村さんが政治に関連した発言をする時、彼は「これは緊急避難だ」と言いました。私たちは中村さんの発言の重さを感じ、上に書いたような背景抜きに、単純に「テロリスト対外国人」という構図にしようとする動きがあれば、それにきちんと反論しないといけないと思います。


2008-08-28 15:10  nice!(1)  コメント(7)  トラックバック(8) 

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コメント 7

hm

 本当に、残念でならないです。
 アフガンのこと、どうしたらいいのか、私にはさっぱり見当もつかないのが正直なところですが、伊藤さんの思いがいつかかなって、人々が穏やかに暮らせるアフガンになるように祈りたいです。
by hm (2008-08-28 22:02) 

女衒の辰

最近のニュースの中で一番ショックをうけたのがこの事件です。
一つの救いは、中村哲医師が活動の継続とアフガン国民に恨みは無いと仰ったことです。
今回の結果は小泉首相が盲目的にアメリカに強力したことに起因しているのでしょう。
日本政府は早くそのことに気付き政策転換をはかるべきです。
by 女衒の辰 (2008-08-29 00:49) 

ayu15

私もかきたかったけど、書けずにいます。

この事件はほんと悲しかったです。
中村さんが自衛隊派遣が政治的意図にとられてしまい、対日感情そこねて支援活動を危険にさらすことをおそれていると言ってましたね。

人の為にここまで一生懸命になる素晴らしい人だったのに。
ご冥福お祈りします。
by ayu15 (2008-08-29 10:09) 

mai

>hmさん
ありがとうございます。アフガンやイラクがこれからどうなっていくのか。住民の方々のために、微力でも私たちに何ができるのか。私も考えています。本で読んだり講演を聴いたりする限り、どちらの国にも外国軍が介入することは良い結果をもたらさないと感じています。

>女衒の辰さん
中村さんは当面、一人アフガニスタンにとどまって活動されるのでしょうか。ご無事と健康をお祈りしたいです。女衒の辰さんのご意見通り、日本が軍事介入(後方支援でも)し、さらに少し前に自衛隊の派遣を検討したことは、NGOの人たちの危険を高めていると思います。

>ayu15さん
書けずにいるお気持ち、わかる気がします。

ayu15さんのご指摘のように、中村さんの危惧が最悪のかたちで的中してしまったようですね。

私などにはできないことを(身体的にも丈夫でないので)、素晴らしく実現しておられた伊藤さんにこころから敬意を表します。
by mai (2008-08-29 17:05) 

shira

 maiさんの危惧が当たってしまい、保守系メディアは「この悲劇を繰り返さないために自衛隊の国際貢献を」と社説展開しました。しょせんある種の人にとって一人の人間の死でさえ商機でしかないということでしょう。憤ってます。
by shira (2008-08-29 22:18) 

kimera25

おかえり!

少しずつかなあ
頑張りましょう!
できるところで

最近
kimeraは意地になってきた!
ココロに余裕がないと
だめなときがあります。
そんな時は曲で誤魔化す!

でも
あなたはまじめだからできないのでしょうね。

体壊さないように!

by kimera25 (2008-08-30 04:18) 

mai

>shiraさん
社説の件、情報に疎い私に教えていただき、どうもありがとうございます。やはりそうだったのですね。昨年中村さんが必死で訴えていた時はほとんど無視して、伊藤さんが亡くなってしまうとあまりにも詳しく報道しているので、おかしいと感じました。もっとも、伊藤さんの報道が大きすぎるのではなく、イラク、アフガンで毎日亡くなっている市民についての報道が少なすぎると思います。私も憤ります!

仕事以外でPCをゆっくりのぞけない日々で、shiraさんのところにもごぶさたしていました。また、まとめ読みさせていただきます。


>kimera25さん
ありがとうございます!長い夏休みからやっと戻ってきました。
ダブルワーカー生活なので、これまでのように更新はできないと思いますが(これまでもたいしたことなかったですね(^^;)、ぼちぼちやっていこうと思います。

kimera25さんも秋バージョンになり、毎日頑張っておられますね。実は大好きなバンドの曲をバンバン紹介したいのですが、「それって法的にいいのかしら?」という一抹の疑問があって控えています。問題なければアップしたいです。
by mai (2008-08-30 21:59) 

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