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京都タウンミーティング訴訟(その2)・原告M.N.さんの陳述書−心のノートの登場 [教育基本法]

7月7日に傍聴してきた京都タウンミーティング訴訟での、原告M.N.さんの陳述書を紹介します。教育について疑問を持った時期も活動の熱心さも、彼女は私から見れば大先輩なのですが、基本的な問題意識は近いものを感じます。ところどころに感想を交えながら載せたいと思います。M.N.さんは実名を連絡先として出していたことで要注意人物としてマークされ、TMへの参加を故意に阻止されました。その後も堂々と氏名を出して活動していますが、ここでは匿名とします。

TM不正を立証する書面としては長文であり、過去にさかのぼって「心のノート」や「道徳教育振興市民会議」といった一見関連の薄い事項が取り上げられています。これについては、私も傍聴しながら少し不思議だったのですが、傍聴後の集会での担当弁護士さんの説明で、「このTM不正は唐突にそれだけ起こったものではなく、国の教育政策の変化、それに対するM.Nさんたちの活動、市教委とのやりとりなど、前段さらに前段があり、根の深い問題だと気がついたので、そもそも・・・というところから筋道を立てて話すようにした」ということでした。振り返って話を聞くことで、私自身、まだ教育に疑問を持っていなかった時期の動きもよくわかり、たいへん勉強になりました。

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                                   2008年7月3日
      陳述書
                                   原告 M.N.

原告のM.N.です。職業は大学の職員、在日朝鮮人の夫との間に二人の娘がいます。娘たちは二人とも、京都市の公立の小学校・中学校・そして高等学校に進学しました。娘たちの学校生活の中で、私も教育や学校の問題に関心を持つようになりました。以下、私が、何故、今回の「文化力親子タウンミーティング・イン・京都」(以下、「本件タウンミーティング」)に応募しようと考えたか、本件タウンミーティングをめぐってどのようなことがあったのかなどを説明します。

1 本件タウンミーティングに応募した経過と理由
私は2005年11月に京都市で行われた本件タウンミーティングに、当時高校生だった娘、夫と話し合って応募しました。

<まいより>このタウンミーティングは「親子タウンミーティング」と銘打っていて、親子一人ずつのペアで応募するものでした。子どもは高校生までということで、M.N.さんと次女さん、夫のP.K.さんと次女さんという組み合わせで応募されました。同じ子どもが2回応募することについては、事前に主催者側に問い合わせて「問題ない」という回答を得ていたそうです。

<陳述書続き>
「文化力」という言葉は行政の造語であり、その意味するところはよくわかりません。2004年あたりから商店街に「文化力」と書かれた旗がたくさん翻っているのを奇妙に感じていたのを覚えています。けれども本件タウンミーティングの目的が教育や文化についての「市民との直接対話」であるなら、それは私たちが待ち望んでいたことでした。

(1)『心のノート』の登場と、息苦しさを増した学校
2004年4月、文部科学省によって、全国の小中学校に道徳のテキストとして『心のノート』が一斉に配布されました。「教科書でも副読本でもない」というこのテキストは、検定も採択もなく著者名もありません。当初の2年間だけで11億円もの税金を投じて、「日常生活や全教育活動」、さらには地域や家庭でも使用するようにという指導のもとに、文科省から直接配布されたのです。教科書が子どもの手に渡るまでの法的ルールを踏まない上、7月には各都道府県で使用状況調査が行われて使用が強制され、この教材を使わない現場の「心の自由」は認められていません、実質的には道徳の「国定教科書」であると言えます。

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しかし現代の『心のノート』は、戦前の修身と似た徳目を説きながら、単純で高圧的な上からの命令ではありません。「道徳」を口当たりのよい「心」と言い換え、パステルカラーの豪華な表紙に、9年間にわたって「望まれるであろう答え」を自ら書き込んでいきます。心理学の操作手法を巧みに取り入れ、その意図は見えにくいものです。

求められているのは、明るく従順な大人にとっての「よい子」というだけでなく、「人間の力を超えた者への畏敬の念」を持ち、「この国を背負って立つのはわたしたち。わたしの住むふるさとには我が国の伝統や文化が脈々と受け継がれている。それらを守り育てる使命がわたしたちにはある」(小学校5・6年版 P97)。そして「我が国を愛し、その発展を願う」(中学生版 P114)という結論に誘導されています。「わたし」という主語はいつの間にか国家の声にすり変えられ、国家が求める「若き国民」を自分自身としていきます。『心のノート』は、愛国心教育を盛り込もうとしている教育基本法改悪の先取りとして、法的ルール違反を侵す「反道徳的」な手段で現場に持ち込まれたものでした。

                               私自身は、定義の難しい「心」や「道徳」を自分なりに大切なものだと考えています。しかし、それは私たち自身に属し、個人の内面のモラルや関係のあり方は国家が導くものではなく、また押しつけられてはならないものです。「心の教育」という誰もが頷きそうな言葉が、グローバル化時代の競争や格差を内面から支える、「国家主義的な道徳教育」の言い換えだということに、学校での出来事を通じて次第に気がついていきました。

<まいより>
傍聴で一緒になった方が、子どもさんが京都市の公立小に通っているということなので、「心のノート」の使用状況について尋ねてみました。すると、何かと批判があるためか、「学校に置いておくように」指導されているようで家には持って帰らない(←前の方にあった「地域や家庭でも使用するように・・・」という触れ込みと違っているようです)。また、あるページをコピーして授業で使ったりしているようだということでした。心のノートについては、岩波ブックレットで読んだり、ネットで情報を得たりして概略は知っていました。

「心のノート」を考える (岩波ブックレット (No.595))

「心のノート」を考える (岩波ブックレット (No.595))

  • 作者: 三宅 晶子
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2003/05/16
  • メディア: 単行本


現物もアマゾン等で安価で購入できますが、何とも気が進まず、一度読んでみなければと思いつつ、まだ購入していません。


<陳述書続き>
父親が在日朝鮮人である私の娘たちは、朝鮮名で学校に行っていました。二人とも、小学校に入学すると同時に予想もしなかった差別に直面することになりました。小さな子どもが差別的な行為をするのは、大人の意識や社会の反映でしょう。日本人である私が経験したことのない現実におろおろしながら、その度に担任の教師や親たちとも話し合いました。親としていつも不十分ではありましたが、私は娘たちが辛い思いをすることが耐えられなかったのです。

いくつかの経験の中で、差別をする子どもたちもまたしんどい思いを重ねていることもよくわかってきました。いじめや差別の問題は、生活の中で対話を重ね、大人も子どもも考え合わなければ解決には向かいません

<まいより>
M.N.さんは、「保育園では(差別は)何も問題がなかった」と、はっきりとおっしゃっていました。うちの子も保育園でちょっと決まり事は多いものの、のびのびと楽しそうに過ごしています。それが小学生になると何が変わるのでしょう?年齢によって子どもたちが世間のことを知るようになるのでしょうか?それとも、現在の学校の窮屈さや息苦しさが子どもたちを変えてしまうのでしょうか?その両方でしょうか?大いに疑問です。

<陳述書続き>
『心のノート』の世界は、そんな子どもの現実とはかけ離れたものでした。『心のノート』を一読した娘は、「『心のノート』には、朝鮮名の私などいないことになっている」と言いました。『心のノート』には、日本人でない子ども、障がいを持つ子ども、不登校やさまざまな苦しみを持つ子どもは一切登場しません。対話や関係のなかで問題を解決するのではなく、集団への帰属や個人の心構えを第一に据えています。

『心のノート』が配布された2002年、娘は中学生でしたが、学校は、4歳違いの姉の時とは大きく様変わりしていました。成績表は全教科で「関心・意欲・態度」という評価しようのない内面が点数化され、評価項目は一年間で272項目に及びます。娘は毎回の授業の最後に提出しなければならない「自己評価」に苦しみ、予め与えられている建前どおりの「正解」に向けて、「ウソをつく訓練をしているみたい」とまで言っていました。

子どもの内心を点数化し、教員はデータと雑務に追われて多忙を極め、管理と評価、競争は一層激しくなっていました。子どもたちも教員も自分で感じること、考えることを自己規制し、無関心と「やりすごす」ことで毎日をしのいでいるようでした。

私が『心のノート』や京都市が進める「道徳教育」に疑問を持ったきっかけは、内面を競わせ、まるで子どもの品質管理票のような分厚い成績表を初めて手にした時でした。福岡県をはじめ、京都府を含む11府県で「愛国心」を評価する通知表が実施されたのもこの年です。

<まいより>
このあたりは、読んでいて胸が苦しくなってきます。学校は2002年前後から大きく変わったようです。他の分野でも見られるような、新自由主義的(+国家主義的)な競争、評価、管理のシステムが学校にもどんどん入ってきたようです。

<陳述書続き>
その頃、全国各地で教育基本法改悪に反対する市民や若い人たちの動きが始まっていました。私は、子どもが一日の多くの時間を過ごす学校の変貌ぶりは、教育基本法が変えられようとしている大きな流れと結びついていることに気がついていったのです。

こうして私は、『心のノート』に象徴的な内面の支配は、教育基本法改悪の先取りだと考え、教育基本法改悪反対の運動にも参加するようになっていきました。2004年5月には、松山市で開催された「教育改革タウンミーティング・イン・愛媛」にもみんなで参加してきました。この時、会場に入った友人は、「野次と怒号で大変だった。質問をしようと何度も手を挙げたが、全く指名されなかった」と言っていましたが、後に、この教育改革タウンミーティングも、文部科学省が教育基本法改悪に向けた国民世論を偽造するために、事前に質問案まで作って発言を依頼した「やらせ」タウンミーティングだったことを知り驚きました(甲第14号証の6)。

<まいより>
私が教育基本法問題を通じて、「教育がおかしくなってきている」と気がついたのは、何とそれから2年以上たった2006年9月のことです。子どもが小さく余裕がなかったとはいえ、知らないということは恐ろしいことです。陳述書はまだまだ続きます。次は『心のノート』の実質上の著者である河合隼雄氏のことが語られます。では、また次回に。


2008-07-14 16:06  nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(3) 

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