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緊急論考「小さな政府」が亡ぼす日本の医療(第8回=最終回) [福祉国家へ]

4月30日の記事で取り上げた、医師兼作家(ボストン在住)の李啓充さんが、「週刊 医学界新聞」に寄せた緊急論考「小さな政府が亡ぼす日本の医療」の続きである第8回(最終回)が手元に届きました。前回同様、現在の医療の混乱は小さな政府路線からくる必然的なものであるとして、方針転換を提言しています。いつもはこれほど生々しい政治的なテーマを取り上げず、冷静で穏やかな文章を書かれる李さんがいかに切実な危機感を感じているか、よく伝わってきます。以下に転載します。

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本シリーズをここまで読まれてきた方には、もう私の結論はおわかりだろうが、日本の医療を本当に持続可能なものとしたいのであれば、百害あって一利もない「小さな政府」路線と訣別する以外に道はないのである。

応益負担でなく、応能負担を
これまで何度も述べてきたように、西欧諸国の実例を見る限り、「大きな政府」にしたからといって、自動的に国民の負担が重くなるわけではない。国民の負担を重くせずに「大きな政府」を運営する秘訣は「応能負担」の原則を徹底することにあるのだが、「持てる者・余裕のある者が社会のために多くを負担する」という、ごく当たり前の原則に徹しさえすれば、平均的国民が重税に喘ぐことなく、財源を手当てすることが可能となる。(註1→本文の下へ)

しかし、非常に情けないことにいまの日本では、「自己責任(=応益負担)」ばかりが声高に唱えられ、「余裕のある方に相応の負担をしていただく」という、応能負担のやり方があることがすっかり忘れられてしまっている。しかも、ただ忘れられているだけでなく、「相応の負担」を拒否する人々に政策決定の権限を与え(まいコメント:経済財政諮問会議など、その最たるものではないでしょうか。国民の信任を受けたわけでもない、一部の利益を代表する人たちを首相が任命して重要な政策決定の場に登用することは、明らかに間違っていると思います)、「(自分たちが相応の負担をしなくても)持続可能な社会保障制度」を構築することを許してきたのだから、国民が「幸福」と感じることができない国になってしまったのも当然だろう。


幸福度世界第88位!?
日本の国民が幸福と感じていないと書いたが、英国レスター大学が世界各国における「主観的幸福度」調査(註2)の結果を発表、当地で話題になったのは昨年のことだった。話題になった理由は、「幸福の追求(pursuit of happiness)」を独立宣言で謳った歴史があるのに、幸福度世界第16位とランクされ「ランクが低すぎる」と米国民がショックを受けたことにあったのだが、この調査によると、日本は幸福度世界第88位、「ランクが低すぎる」とショックを受けた米国よりもはるかに悪い評価だったのである。ちなみに、幸福度ランキング世界第1位はデンマークだったが、同国の国民負担率72.5%(2004年)は、OECD加盟国中(そして恐らく世界)第1位、「大きな政府にすると、国民は重税に喘ぎ不幸になる」という主張が、いかに根拠のない「デマ」であるかは、この例からも明らかだろう(註3)。

「緊急」と銘打った理由
8回にわたって、「小さな政府」論に基づく医療費抑制政策がどれほど愚かで欺瞞に満ちたものであるかを論考した。「小さな政府」を続ける限り日本の医療が亡びる運命から逃れることができないのは明らかなのだが、私が今回の論考に「緊急」と銘打った理由は、いま、ほとんどの医療者が「確実に医療崩壊が始まっている」と厳しく認識している(しかも、彼らは、「このままでは自分の体が持たない」と、医療崩壊の危機を「体感」として認識しているのだ)にもかかわらず、為政者たちが現状に対する危機感を共有しているとは思えないからである。

例えば、現状の危機に対し、厚労省は、相も変わらず「医療費抑制」を優先、何ら実効性がある対策を打ち出せずにいる。打ち出せないどころか、大は後期高齢者医療制度・特定健診制度の創設に始まって、小は「5分間ルール」の導入まで、医療現場にさらなる混乱をもたらし、崩壊を加速するようなことばかりしているのだから呆れざるを得ない。

「大タワケ」か「邪悪な意図の持ち主」
一方、福田首相の肝煎りで発足した社会保障国民会議の座長にいたっては「今後の医療費の増加分は民間保険などでまかない、公的保険の適用対象を大きくは広げない意向を示唆、・・・持続可能な制度にする必要があるとの認識を示した」とされ(2008年2月26日毎日新聞より)、皆保険制度を取り崩して米国型の「無保険・低保険」社会実現への道を開こうとしているのだから何をかいわんやである(まいコメント:このあたり、書いていて怒りを通り越して、情けなくて泣けてきそうです)。

あえて、厳しい言葉を使う。もし、テレビや街頭で、「国民負担率を低く保つためには医療費を抑制しなければならない。公的負担は限界に達しているから持続可能な制度とするためには保険外診療を拡大しなければならない」などとしたり顔で主張する政治家を見かけたら、「何も知らない大タワケ」か「国民をたぶらかそうとする邪悪な意図の持ち主」のどちらか(あるいはその両方)なのだから、そんな政治家には、間違っても票を入れてはならないのである。

註1:例えば、第122回で、米国ではどんなに所得が低い人でも、日本の国保と同等の民間保険を購入しようと思ったら年額約240万円の保険料を負担しなければならないことを紹介したが、日本の場合、所得が10億を超えるような大金持ちでも、国保保険料の負担は上限額の年60万円強で済んでいる。応能負担の原則を適用する余地は大きく残っているのである。

註2:White,A. A Global Projection of Subjective Well-being: A Challenge To Positive Psychology? Psychtalk 56,17-20(2007)

註3:レスター大学の幸福度調査を報道した当地のテレビ番組で、デンマークの若者が「税金は少し高いけれども、医療費も大学の授業料も無料だし、有給休暇も最低年5週。何も不満はない」と証言していたが、「大きな政府」の西欧諸国ではこれが「当たり前」なのである。

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本文中でもちょっとコメントしましたが、「経済財政諮問会議」や「社会保障国民会議」(教育では教育再生会議)などのように、国民が何ら負託しておらず、一方の利益の代表者にすぎない財界人や学者を政府が「勝手に」指名して、国民全体に直結する重要政策を提案したり、事実上決めていくというシステムは最悪に近いものだと思います。すぐに廃止してもらいたいです。

李さんのこの連載は第1回〜第8回まであるのですが、手元には7回、8回の最後の2回分しかなく、あとは紹介できていません。いまネットで検索してみると、医学書院のHPから残りの論文も読めるようですので、興味のある方はぜひごらんください。→http://www.igaku-shoin.co.jp:80/paperBackNumber.do


2008-05-27 11:31  nice!(0)  コメント(6)  トラックバック(2) 

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kimera25

今晩は!
問題は
国民がどういう国を創るかという点です。
社会福祉充実型か
土建屋国家か
言い換えれば
富の分配をうまくやるか
徹底的に差別化するか
ここで違ってきます。
議員という発想もおかしい!
こんなの年収800万ぐらいにして
こき使えばいい!
今の諸手当なら
おつりが来るだろう!
政党助成金さえ出しているにだから。
きゃつらを優遇して
いい生活させているから
目先のことしか考えられないんだ。
本物の政治家を国会におくろう!
<頑張ってね!>
by kimera25 (2008-05-27 20:07) 

志村建世

趣旨はこの通りだと思うのですが、「腐敗した大きな政府」では最悪です。私たちは、まだ「主権在民」で政権を選んだことがありません。万年与党を退陣させることが、改革の第一歩になると思います。
by 志村建世 (2008-05-27 22:09) 

mai

>kimera25さん
ありがとうございます!どういう国にしたいか、国民の選択がたいへん大事な時代になってきましたね。ところが・・・基礎となる知識が与えられていないと思います(私も勉強中ですが)。先日、職場で珍しく社会保障が削られるという話題が出て、私が「北欧型の福祉国家がいいかもね」と言ったら、「でもぉ〜、税金ものすごく高いんでしょう??」と反論されました。

教育、メディア、書籍などで、負担と還元の割合、高負担高福祉と言われる国の実情など、もっと正確な知識が広まらないと、転換はなかなか難しいかもしれません。逆に言えば、きちんと知らせて国民が選択すれば、変わり得ると思うのですが。

激励、どうもありがとうございます。このところ、いつもの倍くらい多忙で、来月10日くらいまではあまり更新できないと思います。kimera25さんのブログはいつも拝見していますよ。お互い、マイペースで頑張りましょう。
by mai (2008-05-29 14:21) 

mai

>志村建世さん
ありがとうございます。確かに、政府や行政はよほどバックボーンがしっかりしていないと腐敗しやすいですね。その点もふまえて、諸外国の例を調べてみたいと思います。万年与党の退陣・・・どうしても実現させなくてはなりませんね。
by mai (2008-05-29 14:56) 

永原

日本の医療が壊れたのは、政府が医師の数を厳しく制限してきたから。それは日本医師会という圧力団体の影響を受けたものでした。つまり、これは大きな政府の失敗です。

スイスの医療制度はWHOでも評価が高いそうです。スイスは小さな政府ですよね。

北欧は税ばかり重くて暮らしが大変そうです。旅行者としては楽しかったですが、あそこに住むのは(仮に就労ビザが出たとしても)経済的に無理だと思いました。
by 永原 (2008-10-01 23:01) 

mai

>永原さん
ご訪問どうもありがとうございます。ちょうど今日、「なぜ、デンマーク人は幸福な国をつくることに成功したか」という本を読んでいると、イギリスの社会学者による「幸福な国民度」ランキングでスイスは2位だったそうです(1位はデンマーク)。

その本の著者も書いていますが、「大きな政府・小さな政府という抽象論ではなく、国家は国民に対してどのような具体的な福祉を提供するかが問題視されなければならない」のでしょうね。

北欧は確かにセイフティネットは充実していますが、スウェーデン在住の友人の話や本によれば、それに頼り切らない国民性があるようです。「衣食住のかなりの部分を自分たちでやってしまう人が多い」とのことで、普通に暮らしている日本人にとっては、ちょっとたいへんかもしれないと思ったことでした。

ネットでスイスのことについて少し検索してみました。医療制度についてはまだ調べていませんが、フィンランド、デンマークと共通して右から左寄りまで数個の政党がそれなりの議席数を持っていました。二大政党制よりもそういうかたちの方が国民の意思が反映されやすいのではないかと思います。
by mai (2008-10-03 21:22) 

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